アルミ建築探訪

企業そのものを体現する建物~建築はメディアである~

企業そのものを体現する建物~建築はメディアである~

2階の通路を見る。左手に階段。アルミプレートによる床と、25mm厚のガラスの手すり。
ライティングはスリットからの間接照明のみ。

京都府 ダイナミックツール本社ビル

建築の中におけるアルミは、まだまだ脇役だ。しかし時には、主役をも上回る強烈な個性で、空間そのものに意味を持たせることが出来る。

 近頃は、社名と事業内容が結びつかない企業というのが増えている。建物を見て、そこが何の会社なのかを想像するのもなかなか難しい。
 こうした風潮が多い中、会社の理念そのものを見事に体現していると言える美しい建物を見つけた。外壁から内部の床・壁、天井に至るまで緻密な設計が施され、全て金属パネルで覆われている。クライアントは精密金属部品の輸入や研究開発を行う最先端技術の企業。建物が放つ強いメッセージが、会社の事業内容を自ずと彷彿させている。

建築で演出するサプライズな空間

 京都、奈良、大阪に囲まれた『関西文化学術研究都市』と呼ばれる地域に位置している。凛とそびえたつオフィスを見上げると、思わず気持ちが引き締まる。エントランスは、スリガラスを通してやわらかな陽の光が射し込む明るく開放的な空間。ショールームとしても活用されており、主力商品が美しく陳列されている。2階へと続く床と階段には、全てアルミが使用されている。チリひとつ落ちていない美しい様に社員のモチベーションの高さが感じられた。
 受付を済ませ、2階へ案内された。階段と廊下には最小限の照明しか使われていないのか、日中だというのにほの暗い。先ほどの明るい空間から足を踏み入れると、視界に慣れるまでに少し時間がかかるほどだ。
 暗い廊下を歩き、大きなドアを開ける。そこには会議室を南北に貫く大きなガラス窓から射し込む光をいっぱいに受け、乳白色に輝く大空間が広がっていた。驚きのあまり一瞬声を失ったほどだ。何という粋な演出だろう。建物の設計を手掛けた山口隆さんは、こう語る。
 「オフィスという建物には、明るさと機能性がまず求められます。しかし人間の心に表と裏があるように、建物にも光と陰の部分がある。暗いところをあえて照らすより、暗さの持つ魅力を引き出す方が、より個性的な空間になるのです。明と暗、閉鎖と開放といった演出が空間のポテンシャルを高めるわけです。変化に富んだスペースがもたらす心地よい刺激が、オフィスで働く皆さんの研究開発の糧になってくれることを期待して設計しました。」

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    会議室スリットからの間接照明が照らされた状態。

アルミという素材が持つ力

 エントランス、廊下、会議室・・・主要スペースの床・天井には全てアルミが張り巡らされている(内壁はガルバリウム鋼板を使用)。
 「アルミを選んだのは、硬くて柔らかいという素材の面白さに惹かれたからですね。ガラスにもコンクリートにもよく合う。だからといって、何にでも合わせられるかというと、そうではない。アルミのようなメタル系素材の良さを壊しかねないのです。ですからこの建物では、アルミの持ち味を活かせる組み合わせにこだわりました」
 また柔らかさについてのこだわりは、日本人ならではの細やかな精神が起因していると語る。
 「日本の伝統的な建物を構成している素材、例えば木造の柱や土壁、障子紙など、どれも柔らかくて加工しやすいものばかりです。元々硬い金属でさえ、日本人は柔らかく加工して使ってきました。鍛錬することで美しさが際立つ日本刀などは、その代表例でしょう。柔らかな素材を使うと、細部に渡るディテールに徹底してこだわることが出来るわけです。その柔らかい金属の代表というのがアルミだと思います」

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    (左)スリガラスで覆われた社長室(右)外部に広がる風景。竹林が借景として内部に取り込まれる。

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    会議室。左は社長室を覆うスリガラスの壁。
    内部の壁・天井にはガルバリウム鋼板が使われている。

社員のモチベーションが変わる建築

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北側ファサード。夕景を見る。斜面の竹とトンネルの向こう側に見える竹が前後に連続する。

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南側ファザード。ガラス、メタル、ファブリック、アルミプレートによる構成。

 「金属の美しい断面や当社の商品をイメージさせるようなシンプルな建築を…」という希望を受けて出来あがったこのオフィス。竣工してから既に1年半以上が経過しているとのことだが、建物に対するメンテナンスが細部に渡って、実によく行き届いている。その秘訣を伺うと、社長も含め、社員全員で週に1回約30分を掛けて、丁寧に清掃を行っているのだという。
 「ここに移ってから(奈良市の賃貸ビルから移転)きれいに使いたいという気持ちが強くなりましたね。このオフィスは社員全員の誇りでもあり、自慢です」と語る大田常務。総務部長の神庭氏は、「山口先生には『建築に慣れてください』と言われました。この建物に恥じないようにと、社員の意識も随分変わってきました」と照れくさそうに笑う。
 「確かにアルミの床は、他の素材に比べると傷がつきやいすです。しかし、ダイナミックツールの皆さんは大変繊細な商品を扱っており、例えば社内と社外で履物を替えるなど、非常に細かな点にも配慮がなされている企業でした。だから敢えてアルミを床に使ってみようと思ったのです。最近はメンテナンスフリーの建物も増えてきています。しかし傷がつかないのをいいことに大胆・粗雑に扱う…。建築は建てたら終わりではなく、建てた後にその建築をどう維持していくか、どう共存していくかが重要なのです。その意識がこちらの企業は非常に高い。モチベーションや企業マインドというのは、こうしたデリケートな問題からも感じられるものだと思いますね」
 日本には『語る建築』がまだまだ少ないと話す山口さん。この建物は、企業の考え方そのものを凛とした佇まいから無言で語りかけてくる。アルミが放つメッセージは、思いのほか強いものだった。

山口 隆

山口 隆(やまぐち たかし)

建築家

1953年京都市生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。安藤忠雄建築研究所を経て独立。1988年理論研究・実践のための研究グループARXを結成。1966年山口隆建築研究所設立。2001年ベネディクタス国際建築賞・大賞受賞。京都大学、エイントホーフェン工科大学、MIT、ハーバード大学、中国清華大学などで教鞭をとる。ヨーロッパ・アメリカ・中国などで展覧会・講演会を行う。現在、大阪芸術大学客員教授。

山口隆建築研究所
https://www.ty-associates.com/
ダイナミックツール株式会社
http://www.dynamictools.co.jp/