アルミ建築探訪

ゼロベースから構築された家

ゼロベースから構築された家

西側外観 右側スロープがアプローチ 敷地手前は将来分割が予定されている。都市インフラに一番近く、メンテナンスの効率がよい道路側に設備機器がまとめられた。

「岸和田の住宅」

理想と現実をすりあわせた時に生じるさまざまな不都合。既製の概念を捨て、一度ゼロに戻って考え直すことで、今まで見えなかった新たな可能性に気づくことも多いはずだ。
今回は、そんな着眼を得意とする建築家の合理的な発想から生まれた住宅を取材した。

施主の条件を徹底追求した建築家の合理的な提案

 「だんじり」で有名な大阪府岸和田市。繊維産業で栄えたなごりを残す工場跡地に、平屋建て鉄骨造のF邸が建築されたのは3年前。目の前は交通量の激しい交差点。行き交う車を運転する人々の目に、シルバーに光り輝くこの建物が一個人の邸宅であることなど、およそ見当もつかないのではないだろうか。
 F邸の設計を担当された阿久津友嗣氏は、非常に合理的な建築スタイルで、施主とのスタンスを絶妙に保っている建築家といえる。

 「施主が建築家に求めているのは、提案だと思うんですよ。諸々の条件や考え方、要求を聞き入れて形にする。もちろんそのままを聞くのではなく、一度自分の中でほぐしてゼロから組み立てて創っていく。きちんとした生活観を持っていて『このお金を有効に無駄なく合理的に使って、私たちの新しい生活スタイルを作り上げてほしい』そういってくれるお施主さんこそが、お金の使い道が上手い人なんだと思います」

 F邸の建築には、以下のような条件が挙げられていた。
①予算は限りなくローコスト
②100坪ある敷地の道路側を将来的には分割したい
③分割地に建物が建つ可能性大
④土地勾配があり、道路側が高い
⑤居住者は夫婦と娘2人、それぞれに個室を希望
⑥工期はできるだけ短く
これだけの条件を満たすために、提案した形が鉄骨造の平屋建てという建築スタイルだったという。

 「施主一家は元々この敷地に建っていた鉄骨造の資材倉庫を改造して、その3階に住んでいました。当初は鉄骨を残して全面改装するリノベーション案も考えましたが、解体費用に構造補強費を加えていくと、建築予算の半分を使ってしまうことになる。そこで、いかに限られた予算を条件に合わせて組みなおすか、ということで再構築した案がこの形だったのです」

『素』の状態から導き出される本当の美しさと究極の利便性

 単に素材の質を落とすのではなく、計画当初から思い切った予算削減を目指して構法を探した。鉄骨造は工場で加工でき、大工の手間賃がかからず工期も短い。三方に隣家が迫っている立地の中で、視線を妨げながら風と光を取り入れるために、アルミのルーバーを取り入れた。それも工場や駐輪場で使う一番安くてシンプルな物を使用している。

 「コストパフォーマンスも魅力的ですが、工業製品はデザイン処理をされていない点がいいですね。例えば、アールも強度を出すためであって、デザインされたものではない。必然的に出来上がった形そのものが放つ説得力ある美しさに惹かれます」

 建物自体を基礎の段階で高床式のように底上げし、土地の勾配に対応した。部材の規格化を図り、全てを既製品でまかなった。もっとも効率のよい位置に設備配管を集約させ、床下に配管を通す。通常なら隠すべきとされる設備機器を建物の正面、道路側に陳列させた。都市インフラに一番近い場所に配置することは、メンテナンス面でも効率がよく、また工費の節約という点からも有利であると考えたからだと言う。

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    北側のプライベートコート アルミルーバー越しに隣家の縁が眺められる。

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    中央コア部分 天井裏および床下ピットに設備配管が集約されている。

アルミ建築と合理性について

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    南側のパブリックコート 床から天井まである全面2重ガラスで遮音、アルミルーバーで外部からの視線を遮る。

 素材そのものの美しさを高く評価し、工期の短縮化、部材の規格化を推奨する…『ecoms』が取り組んでいる建築の理念に近いコンセプトを打ち出している阿久津氏に、アルミ建築について尋ねてみた。

 「元々、木造建築が好きだったんですよ。構造と仕上げに統一感があるところが気に入っていたのですが、ここ数年は合理的に仕上げられる鉄骨にシフトした建築が多かった。前号に掲載されていた難波和彦氏が手掛けたN邸などを見ると、アルミの構造は木造に近い部分があると感じましたね。温かみのある少しくすんだ色合い、押出し成形の断面…昔の日本の民家を彷彿とさせるような趣きに魅力を感じます」

 アルミ建築を考える上で、やはり問題視するのは、普及の度合いとコスト面であるという。

 「F邸を立てた当時(※)にアルミを構造材として使えていたとしても、試算して鉄骨より高かったら使わなかったでしょうね。やはりコスト面は重要な課題だと思いますよ。一般の人にはアルミを構造に使うという概念がほとんど普及していないから、『鉄や木より、こういう部分でアルミが優れている』というのを明確に施主側に伝えていくことが必要でしょうね。軽さと工期の短縮化というのは、これからの建築にとって大きなメリットになると思います」

 一個人の住宅としては独創的な形状となったF邸とアルミ建築の今後について、阿久津氏は最後にこう締めくくってくれた。

 「F邸は意図して作り上げたものではなく、さまざまな条件を合理的に紐解き、構築していく中から結果として生まれた形です。こうした条件を満たせる建材のひとつとして、アルミがもっと普及してくる日を心待ちにしています」


※アルミが建築構造材として一般認定を受けたのは2002年5月です。

「岸和田の住宅」DATA
地上1階
軒高:3,900mm 最高の高さ4,110mm
敷地面積:335.49㎡
建築面積:116.64㎡(建蔽率34.76% 許容60%)
延床面積:114.21㎡(容積率34.40% 許容200%)
1階:114.21㎡

阿久津 友嗣

阿久津 友嗣(あくつ ともつぐ)

1958年栃木県生まれ。1981年法政大学工学部建築学科卒業。1984年~85年ヨーロッパ・アフリカへ建築視察。1985年~87年REA建築工房勤務。1987年あくつ設計事務所設立。1992年阿久津友嗣事務所に改称。2003年大阪建築コンクール特別賞受賞、現在大阪市立大学非常勤講師
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