アルミ建築探訪

アルミがつくる癒しの空間

アルミがつくる癒しの空間

待合室と診療室を隔てるアルミのパーティション。部屋ごとに色分けされた扉が美しい。

美しくなるための長いステップ
東京「自由が丘矯正歯科クリニック」

通うたびに美しくなる…そんな期待を裏切らない新しいスタイルの歯科クリニックにふさわしい満ちたりた空間は、アルミのやさしい質感に溢れていた。

拡大

エントランスから受付スペースを見通す。待合室までの長いスロープはアルミで覆われている。

 歯科医院と聞いて想像するのは何だろう。耳につく金属音、特有の消毒臭、診療台の上で大きな口を開け、体を強ばらせたまま治療が終わるのをひたすら待ちわびる。痛い・怖い・行きたくない…リラックスした雰囲気とは程遠いイメージを抱く人が大半ではないだろうか。
 今回紹介するのは、歯科といっても、矯正を専門とするクリニック。歯並びを美しく整えることを専門に行う矯正歯科の場合、一般的な歯科医院とは、あらゆる面で違いがあるという。
①患者のほとんどが女性。しかも20代から30代が大半を占める
②治療というより、きれいになるという目的を持って通院してくる
③矯正を始めたら、2年近くは通いつづける
④地域密着型の地元の歯医者と違い、話題を聞きつけて遠方からやってくる患者も多い。

きれいになる場所 通いたくなる空間

  • 拡大

    診療室から木漏れ日のようにやわらかく光る照明がポイント。待合室に癒しを与える。

 こうした特性を設計にうまく組み込んでいるのが、『自由が丘矯正歯科クリニック』だ。設計を担当した小林真人さんは住宅から店舗、大規模な商業施設まで幅広く手掛ける傍ら、アルミの特性を活かした建材の開発も手掛けている。小林さんは、自身が設計した建築物の多くにアルミを使用しており、あらゆる素材の中でも特にアルミに対する思い入れが強いと語る。

 「アルミは金属でありながら、独特のやさしさがありますね。色をつけても質感を残す、加工方法によってさまざまな表情を見せる。多面的な可能性の高さに魅力を感じます」

 このクリニックには、かなり大胆にアルミの大板が使われている。まずはエントランスからのアプローチ、受付台、そして、それぞれの診療室を区切るパーティション…。

 「成田先生との話し合いで決めたのは、歯医者らしくない空間…という一言だけでした。矯正歯科というのは、普通の診療歯科とは意味合いが違う。どちらかといえば美容整形に近い部分があるんですね。ここに通うことできれいになれる…エステや美容院に通じるものがあるのではと思いました。しかも長く通うわけですから、行くのが楽しくなるようなスペースにしたい。リラックスできる、心地よい空間づくりが最適ではないかと考えたのです」

歯科医院らしくない雰囲気が女性誌で話題に

拡大

アルミを加工したパーティションのディテール。独特の質感に注目。

 小林さんはクリニックで使用したアルミすべてをスチールワイヤーブラシで磨きあげ、傷をつけて使用している。表面に傷をつけることで乱反射を起こし、アルミの表情がより一層豊かになるという。しかも、診療ブース付近に使用しているアルミには、型板ガラスを裏返し(ボコボコした面をアルミ面にあわせて設置)にして被せている。

 「こうすることでアルミが液状に浮き出しているように見えるんですよ。まるで水銀のような独特の浮遊感を表現できるのです。診療前の緊張した気持ちを解きほぐす、リラックス効果を狙っています」

 このクリニックでもう一つ特徴的なのが、診療室特有のサインが一切ないこと。「何番のお部屋にどうぞ」と言う代わりに、「○○色のお部屋へどうぞ」という声が響く。

 「医療的な雰囲気を徹底して排除したいと思いました。ですから既成の概念にとらわれない発想を取り入れています。エントランスから待合室までのスロープが長いというのも、普通の診療所では考えられないつくりかもしれませんね」

 現在では『歯医者らしくない雰囲気』が話題になり、女性誌の取材や他の歯科医院からの見学者が絶えないという。「既にオープンから3年経ちますが、今でも清潔で雰囲気が変わらない点に大変満足しています」と院長の成田信一さんも語っている。

アルミが教えてくれた異業種の加工技術

 アルミの加工そのものに大変詳しい小林さん。20年ほど前に商業施設のサッシ周りをオリジナル化するというチャンスに恵まれたことで、アルミの魅力に引き込まれたという。

 「独特の素材感、軽量でしかも加工性が良く精度も高いなど、建築で使う材料として非常に優れた素材のひとつだと思いますね」

 加工技術に対するこだわりは、ある時、アルミという素材を通して異業種と関わったことにあると話す。
 
「潜水艦の無音スクリューやロケットの先端部、あるいはサイロなど…建築の世界では想像もつかないような大きさのアルミが、さまざまな技術で加工されていたんですね。業種によって、アルミのどういう性能を活かそうとしているのかが全く違う。今まで持っていた常識や固定概念が吹き飛びました。それからですね、アルミの加工に興味を持ち始めたのは」

 今までも自身の作品にアルミを多用してきた小林さん。今後は「アルミを構造体とした建築にも、ぜひ取り組んでいきたい」と意気込みを語る。建築という枠だけに留まらない、幅広い視野から見たスケールの大きな作品が登場することを期待したい。

DATA
所在地:東京都世田谷区奥沢
竣工:2001年7月31日~8月13日
延床面積:106.14㎡
施工協力:空調・電気設備/エンドデンキ
     給排水衛生設備/ホソノウォーターサービス
     家具/大戸工芸
     金物/ビックサム
     アクリル/南保製作所

自由が丘矯正歯科クリニック
東京都世田谷区奥沢5-24-10小野ビル3F(東急東横線 自由が丘駅南口徒歩2分)
TEL:0120-402-415
http://www.402415.com

小林 真人

小林 真人(こばやし まひと)

1956年 東京に生まれる 1980年 京都工芸繊維大学 住環境学科卒業
1980年~95年 ㈱黒川雅之建築設計事務所 取締役
1996年〜 ㈱小林真人建築アトリエ 代表取締役
2003年〜06年 東京農業大学非常勤講師
テレビ朝日「ビフォーアフター」、テレビ東京「建物図鑑」、BS11「建築家のアスリートたち」などに出演。作品はテレビ朝日「渡辺篤史の建もの探訪」を始め、テレビ・雑誌で多く取り上げられている。「千葉市優秀建築賞特別賞」「神奈川県建築コンクール奨励賞」「足利市建築文化奨励賞」「住まいのリフォームコンクール優秀賞」等、受賞。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~mahito/
https://www.facebook.com/MahitoKobayashiArchitecture/